
「歓楽の女王」 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
1892年 リトグラフ 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 |
世紀末のモンマルトルを舞台に活躍した異才の画家、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、36年という短い生涯のなかで、多彩な画家たちとの交流を通し、独自の作風を確立していきました。
「僕はどこの流派にも属していない。僕には僕の居場所がある。やっぱりドガとフォランはすごいけど」。
1891年に開催された「印象派と象徴派の画家たち」という展覧会に参加した際、こう言い切ったロートレックとは確かに独自な、極めて個性的な存在でしたが、一匹狼ではありませんでした。それどころか、多くの仲間たちとの交流のなかから、あの比類なき芸術を打ちたてたのです。
モンマルトルの画塾でのベルナールやゴッホとの出会い、敬愛するドガとの交流、年上の画家マネヘの憧れ、そしてポスター制作においてはシェレやスタンランらと刺激を受け合い、さらにはボナールなどナビ派の画家とも親交を結んでいます。
もちろん画家の先輩や友人たちの存在は大きかったはずですが、ロートレックをロートレックたらしめたのは彼らだけでなく、キャバレーの経営者から娼婦にいたるまでを含めた身近な人々でした。
19世紀末のパリを駆け抜けた不世出の画家の物語。
それは、そういった人々とのさまざまなコネクションが奏でる夜想曲です。
交流のあった画家たちの作品とともに、世紀末のパリを駆け抜けた画家、ロートレックの世界を堪能してみては?
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